「猪瀬直樹」を政治家として認識している人は多いかもしれない。特に、若者はその傾向が強いだろう。しかし「政治家・猪瀬直樹」の活躍はあくまでも、「作家・猪瀬直樹」の延長線上にあることを、まず知ってほしい。

作家・猪瀬直樹

本

『天皇の影法師』(1983年)で作家デビューを飾り、『ミカドの肖像』(1987年)によって大宅壮一ノンフィクション賞を獲得した猪瀬は、まぎれもない作家であり、その存在感は唯一無二のものだ。『昭和16年 夏の敗戦』(1983年)も、第二次大戦前から日本の敗戦は決定的だったという事実を明らかにした著作で、今なお多くの読者に愛されている。

入念な取材と膨大な資料の読み込みのうえに成り立つ猪瀬の著作は、ノンフィクションとしての正確さはもちろん、エンターテインメント性に優れていることも大きな特徴だ。同時に、それらの作品は日本の歴史の空白を埋め、そして日本の現代社会の問題点を浮き彫りにし、解決への青写真を提示していく役割も果たしている。

《過去―現在―未来》の幅広い射程で日本を捉えてきた猪瀬の作品を、現在の若者が知らないのは大変惜しいことのように思える。

Synapseで展開している「猪瀬直樹サロン」は、作家・猪瀬直樹から、近代日本を捉えるための視点や知識・教養を学ぶにはうってつけの場だ。確かに猪瀬直樹は厳しい人だが、学ぶ意欲のある人間を邪険に扱うことはない。若者以上の好奇心とバイタリティに溢れる猪瀬の言動を間近にすることで、私たち若者のくすぶっている知的好奇心はうずきはじめるはずだ。

猪瀬サロンの活動内容は主に2つ。ひとつはオンラインサロンというクローズドな場でインタラクティブな意見交換ができるということ。もうひとつは会員限定のオフ会である。リラックスした猪瀬からナマの声を聞ける機会は、ここ以外ではないだろう。

今回はその猪瀬サロンのオフ会レポートをお届けする。

いざ、猪瀬直樹の書斎へ

オフ会会場となる猪瀬直樹のオフィスは、西麻布の閑静な住宅街にある。会場の地下の応接室には暖炉があり、部屋は暖かい。薪のはじける音とその香り、そして暖かい空気が、リラックスした雰囲気をつくる。

参加者の属性は幅広い。お寺の住職、作家、ライター、コンサルタント、医者など、その職業はさまざまだ。高校時代から猪瀬と友人だったという男性や、猪瀬と仕事で付き合いのあった元編集者の女性もいた。この会のために遠路はるばる新幹線でやってきた方もいる。

この日の主なトークテーマは、「都政」と「天皇陛下の生前退位」となった。オフ会開始前は「特に話すこと決まってないんだよなあ」と言っていた猪瀬だったが、どちらの話題も話し出したら止まらない。

また、来年初めに出版されるという新刊についてのオフレコトークも繰り広げられた。

サイン自らの手でサイン本を手渡す猪瀬。サロンメンバーにもれなくプレゼントされる。

東京五輪・パラリンピック組織委員会委員長の森喜朗元首相や“都議会のドン”など、都政のアンシャンレジームにメスを入れた意欲作。東京という都市を、徳川幕府がおこった1603年から現在までの射程で捉えた壮大な筋書きとなっている。

高度経済成長を経て、やがてゼロ成長時代が訪れ、金融制度や文化が爛熟していった江戸時代は、現在の日本と相似形だという。

歴史は繰り返す……ではないが、歴史を振り返ることで現在を緻密に見ようとする猪瀬のスタイルは、教養なき現代の日本人に欠けているものだ。猪瀬はサロンメンバーに対して出し惜しみすることなく、独自の視点で読み取った日本の問題点を次々と指摘していく。

この日は、猪瀬独自の視点を形成している自身の書庫も「会員限定ということで」案内していただいた。

先日のインタビューで明かした「ひとりGoogle」は、いわば猪瀬の脳内そのものだ。高さ10メートル4階建ての書棚に、サロンメンバーは圧倒されていた。

上から見た

よりカジュアルに語らう二次会

オフ会のメインがテーマ討論の場なら、二次会はもう少し砕けたフリートークの場だ。

サロンメンバー全員で歩いて飲食店へと移動する。師走に入ったばかりのこの日は、ちょっと早い忘年会といったおもむき。オフィスでのトーク以上に、二次会はよりフランクではあるが、より真に迫った会話が至るところで繰り広げられる。

私がお邪魔させていただいたテーブル席では、ビール、ワイン、紹興酒、ウーロン茶のグラスがつぎつぎと空けられながらも、さまざまな政治テーマについて忌憚ない意見が交わされていた。

中華

個人的には、70年代の学生運動と、SEALDsなどに代表される現代日本の大衆運動の違いについて伺えたのが興味深かった。当時を生きた人たちのナマの声が聞ける貴重な機会になった。かつてを振り返る男性の、悔しげな表情が忘れられない。

猪瀬の著作は、さまざまな人々の声を自ら聞いて形にしたものが非常に多い。資料だけでなく、人のナマの声を聞くことで、彼の作品はできあがっている。本を読んで勉強をすることはもちろん不可欠だが、実際にお会いして、話してはじめてわかることも多い。

正直に言って、猪瀬サロンの会員には若者が少ない。この日のオフ会参加者で最年少は27歳だ。27歳の彼は、「理系の人間には、リベラルアーツが足りないから、君のように教養を身につけようとすることは大事だ」との猪瀬の言葉にうなずきながら熱心に議論に参加していた。

リベラルアーツ(教養)の欠けている人間に、”いま”を再構築することはできない、と猪瀬は語ったことがある。

いまの日本、特に若者からリベラルアーツが失われていることへの憤りを隠さない猪瀬は、サロンという「現代の教養塾」で、自らの知識や知恵だけでなく、どのようにしてそれらを得るかというノウハウまで伝えようとしている。

いまの社会を生き抜くために、いまの社会をより良くするために不可欠な教養は、猪瀬直樹のもとで身につけられるだろう。

猪瀬は天皇陛下の生前退位について、「法律の観点からの議論ばかりで、日本文化の観点からの提言がまったくない」と述べ、現在の有識者会議が主張する特別法で今上天皇に限り生前退位を認める方針に、異義を唱えていた(後日、有識者会議は特別法の制定が望ましいとの認識を表明した)。

現在(あるいは直近)の政治状況のみを考慮するのではなく、江戸時代まで遡って、日本にとって「天皇制」がどのような意味を持つのかを考え抜こうとする猪瀬直樹の姿勢は、リベラルアーツに支えられている。

安里

オフ会の最後に、記念撮影が行われた。

編集者の方が「ハイ、チーズ」の掛け声で写真をシャッターを切ろうとすると、猪瀬は「そんな掛け声なんかいらないんだよ、もっと自然な笑顔を撮るために工夫しろ」と言って笑った。

かくいう私も、宴会の場での若手の振舞い方やライターの仕事についてなど、猪瀬や参加者の方々に教えていただいた。

「猪瀬サロン」は、いまの若者に足りないものを根気強く伝えてくださる方々ばかりで、私にとっても大切な場となった。学校や職場では学べないような「教養」に少しでも飢えているのなら、「猪瀬直樹サロン」を覗いてみてほしい。

未来を切り開きたければ、リベラルアーツを身につけよう。

猪瀬直樹の「近現代を読む」
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