雨の多い今日この頃。家でゆっくり過ごす人も多いのではないだろうか。

しかし、家で過ごしていても大抵の場合無為に時間を過ごしてしまいがちだ。テレビから流れてくる賑わいを微かに捉えながら、スマートフォンを手に他愛の無いメッセージを友人に送ってみる・・・。そんな毎日に嫌気がさしている方は、読書をしよう!

そこでこの記事では、オンラインサロン「まきむぅの手乗り文芸部」内のコンテンツ「文芸部員のブックレビュー」に投稿されたレビューの一部を紹介していきたいと思う。

文芸部員のブックレビューとは、掲げられたテーマに沿ってサロンメンバーがお気に入りの本を紹介し合うというコンテンツ。紹介されたコンテンツには、部長の牧村朝子氏をはじめ、サロンメンバーからコメントも寄せられ、一つの本を起点にしたさまざまなコミュニケーションも取られている。

今回のテーマは、ずばり「雨が似合う本」。ブックレビューと合わせて、寄せられたコメントも一緒にお楽しみください!

あまつぶぽとりすぷらっしゅ/アルビン・トゥレッセルト

絵本を一冊。 

雨が降り、滴り落ち。山を流れ、町を通って海に出るまでの一連の流れがリズムの良い文体で描かれます。

静かに、けれども間断ない雨音が聞こえてきそうな絵に惹きつけられます。

茶色をベースにした薄暗い、落ち着いた色調、そこにカエルや鹿などのどこかコミカルな姿と、言葉がアクセントを添えます。

「ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ」

変化しながら幾度も繰り返される言葉。「すぷらっしゅ」は勿論英語の「splash」ですが、渡辺茂男さんは意味にはこだわらず、擬音語と割りきって音をひらがなに移したのだと思います。英語には日本語ほど多くのオノマトペがないと聞いたことがありますが、一方で時々、こうした意味と音が一体になったような単語がありますよね。

途中街中は結構えらいことになってたりしますが、ボートで出かけたり人が泳いでたり、切迫感は全く感じられません。

ゆったりとしたリズムの海の描写、雨がやんだことを示す黄色。

ゆっくり眺め、声に出して味わいたい一冊です。

<牧村氏によるコメント>

わあ 雨のひとつぶから、そんなに世界が広がっていく一冊なんですね。日本で育つ大多数の子供は、まず日本語の世界からふれていくでしょうけど、「すぷらっしゅ」を渡辺さんがあえてこういうふうに訳したことで、日本語の外の世界にも広がっていったらすてきだなあって思いました。絵本カフェでさがしてみようかな。

<サロンメンバーによるコメント>

すぐ読んだのに感想書きそびれてました!

ほんとに声に出して読むと楽しくなってくる本でした。

今でも時々頭の中でエンドレスに響きます()

「あめはふるふるふりつづく

 ぽたぽたぽっとんすぷらっしゅ」

の響きがとくに好きです。

天山の巫女ソニン/菅野雪虫

著者、菅野雪虫氏は、「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞を受賞し、加筆・改題した『天山の巫女ソニン〈1黄金の燕』で、第40回児童文学者協会新人賞を受賞した児童文学作家です。

物語は、三つの大国が治める架空の半島を舞台にしています。その世界で『夢見』という超感覚を有し、民衆に啓示や助言を与える中立的組織である天山の巫女集団に生まれた時から見習いとして預けられながらも、才能無しと判断され世俗の世界に戻されることとなった少女ソニンの活躍を描く児童文学であり、全五巻の東洋風異世界ファンタジーです。

文章も、世界設定も、人物描写も、しっかりとした技術・知識に裏づけされた作者の力量を大変感じ入らせた作品でした。

国家間の抗争・民族問題というリアルなテーマを中心に据え、民衆と貴族の営み・世界の在りようについての矛盾をイノセンスな少女の目を通して映す、児童文学としてお手本のような作品に仕上がっています。

優れた児童文学に必要な、『子供』の目線と世界を構成する『大人』との距離感にも、キチンと気を配っていますし、内容も説教臭くなく、それでいて誠実な『現実社会』を描く作品になっています。

『天山の巫女ソニン』は、いずれNHKでアニメ化されるのではないかと思うくらいに誰が読んでも上質な児童文学になっています。

読みやすく・柔らかく上品な文体、きめ細やかな心理描写と説得力のある生活描写は、とても魅力的ですし、主人公が12歳まで巫女として育てられながら、「見込み違い」として世俗に戻されたという設定も生きています。主人公の目に映る現実社会への戸惑いは、本来の読者層である子供達が感じているであろう、世界への疑問に呼応しているように感じられます。

また、3巻以降では、主人公を取り巻く世界の動向、為政者の思惑がメインテーマとなり、大人の私でも本格ファンタジーとして楽しめました。

児童文学のみならず、本格ファンタジーが好きな方にもお勧めの作品です。

<サロンメンバーによるコメント>

妻が2巻目まで読んで「ハマれない」って中断してました。3巻目からが本格なんですね! 妻に伝えて買わせて私も読もうっと。

<投稿者による返信コメント>

>妻が2冊目まで読んで「ハマれない」って中断してました。

そうでしたか、成熟された大人の方でしたなら、それも致し方ないかとも思われます。ですが、機会がありましたら、是非、三巻以降も読んで頂きたいと思います。ちなみにたいていの公立図書館の児童書のコーナーでも取り扱っているみたいですので、ご利用できるようでしたら、購入する前にまずそちらから試してみてもよいかもしれません(笑)

近年では、宮部みゆき氏、小野冬由美氏、上橋菜穂子氏が日本の三大ファンタジー作家と呼ばれているそうですが、菅野雪虫氏のえがく『天山の巫女ソニン』を読み終えた時には、それら三人女流作家の作品達に出合えた時と同じような喜びと衝撃を覚えたことを記憶しています。

そういうわけで、私にとって、菅野雪虫氏は今後も注目し続けたい作家の一人です。

火星年代記/レイ・ブラッドベリ

人類の火星移住の顛末を描く連作短編集。火星人との遭遇とせめぎ合い。やがて消えてゆく火星人たち。そして地球では大きな戦争がはじまり

連作といっても独立した短編を継ぎ合わせたもの、という印象が強いです。「ロケットの夏」にはじまるこの本をなぜ今回持ち出してきたかというと、最後から二つ目の短編「優しく雨ぞ降りしきる」を思い出したから。

人の消えた廃墟の街で奉仕活動を続ける一軒の自動化された「家」を描くお話。

「この家は、身分さまざまの、奉仕に身を捨て、勤行にはげみ、聖歌を歌う一万人の信者にかしづかれる祭壇だった。ただ、神々は遠くへ去り、宗教上の儀式だけが、無意味に、いたずらにつづけられているのだった(旧版P289-290)

悲しさとも寂しさともつかぬ独特の叙情。ブラッドベリはこういうのホントにうまいです。

改めて読み直すと実際に雨が降っているのは冒頭だけなのですが、外壁を洗う水、ブリッジ・テーブルに配られるトランプ、炎と瓦礫など、随所で「雨」の比喩が使われています。

タイトルは作中で「家」が朗読する、サラ・ティーズデール「There Will Come Soft Rain」より。人がいなくなっても自然はその営みを続ける、といった、どこか日本的な無常観を感じさせる詩で、先述の比喩に意味を与え、作品全体に統一感をもたらしているように思います。

次の、つまり『火星年代記』最後の作品「百万年ピクニック」では「水面」が重要な役割を果たします。この作品の内容と先ほど紹介した「優しく雨ぞ降りしきる」の次という配置が相まって、全体に「雨上がり」のような爽やかさをもたらしています。

他の短編もそれぞれに違った味わいがあって面白いです。連作としてというより、火星をめぐるブラッドベリ作品のショーケースとして、お気に入りの短編を探すのも楽しいかもしれません。

ところどころ現在の基準では受け入れがたい表現(「機械的な偏執狂に近い、オールドミス的な自衛本能」とか!)があったりはしますが、そこを古い作品だと割り切れれば、十分今でも読むに値する一冊だと思います。

その他部活動

オンラインサロン「まきむぅの手乗り文芸部」には、ブックレビューの他にも雨の日に楽しめるコンテンツが盛りだくさん。

例えば、牧村氏の出身校の文芸部では伝統的に行われてきた活動であり、各自テーマに沿って800字の小説を投稿するという「800字小説」や、ある人が書いた文章を、まるで別の人が書いたようにリフォームするという「文学ゲーム/小説リフォーム」など、文芸部ならではの活動がオンライン上で繰り広げられている。

また、活動はオンライン上にとどまらず、作家の方を招いたトークイベントや読書会などのリアルイベントも予定している。

先輩後輩もなく、スマホひとつで、おふとんからでも読める、書ける、つながれる。是非、そんな文芸部に入部してみませんか。

まきむぅの 手乗り文芸部
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