僕はMC内郷丸。一介のラッパーである。

まだまだスターダムを駆け上がる途上・・・どころか、やっとの思いでスタートラインを踏み出したばかりのペーペーだが、とりあえず「ラッパー」である(ラッパーとしてのキャリアはまだ、2017年現在1年だ)。

昨年オリジナル音源を公開したのをきっかけに、最近はフリースタイルバトルの大会に出たりしている。結果は出ないが、結構楽しい。

さて、今回はそんな僕がある大会に出場した時の記録をお送りしようと思う。はじめに言っておくがこの記事は長い。その代わり、僕が体験したこと、感じたこと、考えたことを余すこと無く書き記したつもりだ。最後まで読んでくれたら嬉しい。

「詩の朗読」日本一を決める大会


2017年1月28日。僕は「ポエトリースラムジャパン」という大会に出場した。これが、今まで出場してきたフリースタイルラップバトルの大会とはひと味もふた味も違う、ちょっと特殊な大会だったのだ。

「ポエトリースラム」という競技・・・というか文化は80年代のアメリカで生まれたものだという。ポエトリーリーディング、つまり詩の朗読をし、その出来をみんなで競い合うというものだ。その日本大会が「ポエトリースラムジャパン」である。「詩の朗読を競う」ってどういうことだ?と思うかもしれないが、とにかく競うのである。日本において漫才の最高峰を決める大会がM-1やTHE MANZAIであるのと同じように、詩の朗読の最高峰を決める大会がポエトリースラムジャパンだと思っていただければいい。

ただ、僕は音楽の歌詞を読んだりするのは好きだが、こと詩を書くのは根っから苦手だった。フリースタイルラップのように即興性を求められるもの、相手の繰り出したリリックに上手いこと返していく・・・というのはまだ良い。ラップバトルには相手がいて、それは一種のコミュニケーションでもある(と言えるほど生易しいものでもないのだけど)。

つまり、ラップバトルはゼロからイチを産み出す創作行為というわけではないのだ。一方、詩を書くというのはまさにゼロイチ。ちょっとアーティスティックな香りすらある。

そもそも「詩」ってなんなのだろうか。卑近な話で恐縮だが、小学二年生の頃、国語で詩の授業があった。僕は詩と物語の何が違うのかよくわからず、勝手に物語は「です・ます」調で書くことで、詩は「だ・である」調で書くことだと思っていた。

なので(もう残っていないが)、小学二年生のときに担任の先生がつくったクラスの詩集には、確か僕が友達とサッカーをしたことを「だ・である」調で書いた詩的情緒の欠片も無い文章が載っているはずだ。

では、そんな僕がなぜ詩の朗読日本一を決めるような大会に出場することにしたのか。そこに触れていこう。

「わけのわからない多様性」から生まれる面白さ


ある日、これからエントリーできるMCバトルの大会は無いだろうかとネットサーフィンをしていると、MCバトルの主催などもしている「胎動LABEL」のアカウントから、ポエトリースラムジャパン開催の発表と同時に、このツイートがタイムラインに流れてきた。

日本においてポエトリースラムジャパンという大会が始まったのは2014年だが、それ以前から、ポエトリースラムという文化は日本にあった。その頃に開催されていたのが「SSWS(新宿スポークンワードスラム)」というイベントだ。

その大会の過去出演者を並べたのが上のツイートである。

僕はこのラインナップを見てびっくりした。なんだって多種多様すぎやしないだろうか。今をときめく有名なMCが名を連ねているのはもちろん、ヒップホップ寄りの人間を羅列しただけでこれだけ多様性がある。

しかも、ここにヒップホップの文脈とは違ったところで活躍する詩人たちが加わって、それぞれの詩とパフォーマンスを競うって、もうわけがわからなさすぎて最高に面白い

だが、それと自分がこの大会にエントリーするかどうかというのは別の話だ。

僕は詩(詞)を書くというのは、本来的に恥ずかしい行為だと思っている。例えば中学校の教室で、密かにノートに書き溜めていた詩が白日の下に晒されたら・・・それはもう最高の笑い者だ。きっとフレーズの一部が自分のあだ名になってしまったりなんかするのだろう。

ラッパーとして活動している僕も、例に漏れず作詞というのが本当に恥ずかしくてなかなかできない人間だ。どれだけ頑張って書いても、「なんだかクオリティが低い。こんなものを人に聴かせられないな」と考えてしまう。

しかし、「わけのわからない多様性」というのは、時にクオリティの優劣すらもかき消してしまう。

こう言うと語弊があるかもしれないが、クオリティの低いものもひとつの個性として捉えてもらえるようなところがある気がした。そう考えてみると、とりあえずいままで詩などほとんど書いたことないという人間でも、とりあえず出てみればなにかしらの評価がもらえ、そしてなにかしらの発見があるのではないかと思った。

また、まがりなりにも「ラッパー」である以上、ちゃんとリリックを書き、それを多くの人に聴いてもらう機会はほしいと思っていた。この大会は、そのきっかけになると思った。

リリックの準備

さて、出場を決めたからには書き始め無くてはならない。エントリーを済ませ、僕は早速リリックの用意に取り掛かった(「ポエム」の大会だが、ここはあえて「リリック」と書かせてもらう)。

僕はこれまでにもラップでリリックを書いたことがあるが、どれも大満足の出来だったと思っているわけではない。今回はいままでで一番クオリティの高いものを書いてやろう、と心に決めた。

しかし、年末くらいから少しずつリリックを書いていき、三分の一くらいまでなんとか書き進めたあたりで風邪を引いた。

仕事は休みをもらい、布団にくるまりながら考え事をしていた。「この先自分の生活はどうなるんだろう。たとえば今日風邪をひいて仕事を休んでしまったけど、このまま仕事やめたら、お金がなくなるから食えなくなる…。」そう考えただけで体がさらに重くなってきた。

「このままやめて死ぬか(考えが唐突すぎる)、いや、しかしそれはさすがにまずい(急に冷静に戻る)」…。

もう一度丸一日休みをもらい、本当に一人でゆーーっっっくりしてまた明日から頑張ろう、と決めた。そして、混沌を抜け、達観が訪れた時、自分が今持っている感情をフラットに感じることが出来た。

うーん。いま鬱なら、鬱だって書けばよくない?

あとはもうなるがままになれーーーーーーーと、自分自身の奥底に眠る感情・心情を引っ張り出しては、そのままを書き溜め、なんとか大会前日に僕のリリックは完成した。

「夜勤の休憩中と、当日の本番までの時間でなんとかリリックは覚えてパフォーマンスしよう」と、僕は筆を置いた。

実はポエトリースラムジャパンで優勝するためには6回パフォーマンスを行う必要がある。つまり、リリックを6個用意しておかなければいけなかったのだが、結局1個しかできなかった。

ポエトリースラムジャパン当日

2017年1月28日。夜勤を終え一度家に帰り、風呂に入って準備をして会場を目指す。いつものことだが、いつにもましてギリギリだ。

電車内で昨日書き終えたリリックを覚えようと何度も読み返し、録音を聴き返すのだが、緊張してリリックがまったく頭に入ってこない。

前日まで引き伸ばさなければよかった、何やってるんだ…と今更後悔する。緊張で駅から会場までの道で胃液を吐く。つらい。

集合時間ギリギリに到着。エントリーを済ませると、すぐにパフォーマンスの順番を決めるためのくじを引くことになる。きりきりと痛む胃を気にかけながら、僕はくじを引いた。

A-1・・・。

つまりAグループ1番手。なんと全出場者24人のうち最初にパフォーマンスをすることになってしまった。

「最悪だ・・・」と思った。パフォーマンスまで1時間もないし、開会してからは練習できる時間もないので、完全に「ラップ」としてパフォーマンスすることを諦める。

コンビニへ行き、ペンとノートを購入し、リリックをとりあえず書き起こす。中学時代、ノートだけ完璧にして暗記すること自体を何もしていなかったテスト前を思い出した。

しかし、そんな僕の状況を気に留めるわけもなく大会は開会する。

最初にルールが説明された。

ステージに立つ出場者は、3分間、自身の詩の朗読によるパフォーマンスを行う。はじまりの合図が鳴ったらスタートし、終わりの合図で強制的に止められる。禁止事項は、衣装や小道具を使うこと、他人の作品を朗読すること。ただし何が衣装か、何が小道具か、といった判断は、それぞれの出場者に委ねられ、審査員はその判断も含めて審査する。

3分間のパフォーマンスのあと、グループごとにランダムに選ばれた審査員5人が、0~10.0点でその詩とパフォーマンスに点数をつける。審査員はほとんど完全な素人、しかもそれぞれの好みによっても点数は大きく変わってしまう。そのため、5人がつけた点数のなかから、一番高いものと一番低いものを除いた三つの点数の合計点が得点となる。よくできたルールだ。

各グループでパフォーマンスを行い、点数の高かった上位二名が次のラウンドに進出する。予選→準決勝→決勝と繰り返し、決勝での最高得点の優勝者、次点の準優勝者、そして、全パフォーマンスを見た会場のお客さんの人気投票で一位となったパフォーマーの三名が、ポエトリースラムジャパン全国大会への出場権を獲得する。

ルール説明のあと、司会が「カリブラージュ」を行う。「カリブラージュ」とは要するに「お試し」である。ランダムに選ばれた審査員たちは、大会がどのように進行していくのかも、自分なりの「審査基準」もわからない。このような状態で審査をするわけにはいかないので、一度司会が実際にパフォーマンスして、それに点数をつけてみよう、という作業を審査員とともに行うのである。

司会のカリブラージュが終わると、早速僕のパフォーマンスだ。僕にマイクがパスされ、ステージにあがる。小学校の教室か多目的教室か音楽室か職員室か…そのあたりを改装してできただけの小さな会場、ステージはほんの10センチか20センチほど客席より高いだけ、

そこに立つだけなのに体はガチガチで足は震えている。うおおおやべえ死ぬ

いざ、パフォーマンス・・・

ステージ上。なんとか表情をつくり、震えだしそうな手にぐっと力を込め、気を吐く。

最初に「韻文を読みます」と言い、僕は朗読を始めた。

「韻文」とは、すなわち韻律を整えた文章のことで、それはラッパーである僕に言わせればラップである。

パフォーマンスをしていると、韻を捉えて朗読する中に自然とリズムが生まれてくる。

「朗読のつもりで読み始めたはずなんだけど、なんかラップっぽくなってるな」と感じつつ淡々と読み進めていく。

途中で「ほかの人達はどういうことを話すんだろう。いま自分の言っていることはこの大会に見合ったものなんだろうか…」などと考える。「なんで多様性がどうのこうのとか考えた挙句エントリーしたのに、いまさらこんなこと気にしてるんだ!バカか!」「ああもうわからん!ていうかパフォーマンスに集中しろ!」と要らぬ葛藤をしながらも、なんとか僕は自分のリリックを読み終えた。

パフォーマンスを終え、拍手をもらった。うわ、なんかよくわからないけど、終わった…!

ポエトリースラムジャパンでは、パフォーマンス後すぐに審査が行われる。

僕の点数は確か合計15.7点?とかだった。ランダムに選ばれた審査員たちがつけた点数は、だいたい10点満点4.5~6点くらいが多く、ひとりだけ9.0点という高得点をつけてくれた人がいた

先に説明したルールの通り、選ばれた5人の審査員がつけた点数のうち最低点と最高点を除いた合計が最終的な点数となるため、それは点数にはならなかったけど、後半にいいパフォーマンスをしても9点代が一人もつかないこともあったし、これは素直に嬉しいことだった。

ステージに立って人の視線を集めるパフォーマンスをして、そこで自己肯定感を得られるような経験を何かひとつでも持って帰ることができるのはありがたいことだ。ただ会場から拍手が来たということと、かなり高い点数をつけてくれた人がいたというだけで、すごく収穫になったと思った。

ただ、パフォーマンスの結果は予選敗退に終わり、僕の初挑戦は早くも幕を閉じた。

ポエトリースラムジャパンの裏側を探る


ステージを降りて他の出場者のパフォーマンスを観る。同じAグループでは演劇をやっているという人の、いかにも演劇やってるんだろうなって感じのパフォーマンスや、男なんだけど、僕なんかより内気そうで、いかにも子どもっぽい女性っぽい詞を掻き消されそうな声で読んでいる人とか、いろいろな人がいた。

自分がやり終わったあとだからなのか、「痛いポエム書いてるヤツら」みたいな偏見はなく、すごいなー芸術家だなー…と思いながら見聴きしていた。

Aグループのパフォーマンスが一通り終了した頃に「ステージよかったです。とても聴き取りやすかった」と声をかけてくれた人がいた。「僕もこれからなんで、がんばります」と言われた。

MCバトルのときもそうだが、ステージを降りてからこういう風に声をかけられると、本当に嬉しい。その人はもりという名前で出場し、結果的に準優勝して全国大会に進んだ。もりくんのステージは、僕を褒めるってイヤミかよお前は…というくらいの圧巻のパフォーマンスだった。

ほかにも、喫煙所で「一発目で大変だったでしょ」と声をかけてくれたおじさんがいた。新納新之助という方で、いかにも田舎で農業とかやっていそうな身なり。まわりの人間たちが身振り手振りも交えながらのパフォーマンスをする中、彼はただ自身の詩集を淡々と読んで決勝まで進んだが、惜しくも全国大会には行けなかった。彼はスラムに出るのは今回がはじめてと言っていたが、朗読会などにはよく参加していて、出場者とも顔見知りであった。この方には色々と他の出場者と話すきっかけまでもらえてとても嬉しかった。この場を借りて、、ありがとうございますm(_ _)m

早いうちに自分の出番が終わったこともあり、色々なパフォーマンスを観て、色々な人と会話をしている内に、だんだんと冷静になってきた。そして、会場の様子やパフォーマンスをしっかり観察しているうちに、この大会の面白さが掴めてきた。

まず、人の詩に優劣なんてつけられるんだろうか、つけられたとしてもそれは個人の好みの域を出ないのではないか、とずっと思っていたのだが、面白いことに、ずーっとパフォーマンスを見ていると、僕自身の評価と会場の評価に大きな差異は出なくなり、判定に納得するようになった。

なんらかの基準がその会場の空気でできあがっていくのだと思った。何度もパフォーマンス、朗読を続けている人間はたぶんそのあたりのことは心得ているのだろうなと思った。これもまた喫煙所で会った方に「韻文は一発目だとあんま(点数)がハネない」と教えてもらった。

アーティスティックな性質を持つ大会ではあるが、その一方でこれは「競技」でもある。一定の攻略法や定石みたいなものを、それぞれの出場者が持っているらしい。

準決勝も半ばくらいで、MCバトルの大会である「社会人ラップ選手権」に出場した際に知り合った梅酢さんという方が来て少し話をしたときも「点数はそんなに気にしなくて良い」みたいな話をしていた。パフォーマンスでいかに空気をもっていくかで、同じ詩でも評価が様変わりするもののようだ。

それゆえに、僕自身パフォーマンスの練習に時間を割かなかったことをすごく後悔した。みんな自分の詩が相手に伝わるにはどうしたらいいか必死に考え、パフォーマンスを何度も練習し、イメージトレーニングしてるんだろうなと思った。 前日に書き上げたリリック1つでなんとかなると思って出た自分が恥ずかしくなってきた。

考えてみればMCバトルも同じである。内容は当然のこととして、会場を味方につけるための発声、アクセント、挙動・・・その一つ一つが勝敗を決める大事な要素だ

大勢の前に立って「パフォーマンス」をするとは、そういうことなのだ。

ポエトリースラムジャパンの出場者たち


さて、この大会には実にいろいろな人がいた。終えてみれば、僕が期待した以上の「多様性」を突きつけられる形となり、大いに刺激になった。

ラッパー出の人間もいたし、演劇から来た人、弾き語り系から来た人、詩の界隈一本で活動してきた人、長くやってきた人、そうでない人。

最初に司会が「この多様性を楽しんでください」みたいなことを言っていたけど本当にそのとおりで、僕がエントリー時に考えたように、変なジャンルの「括り」みたいなものにとらわれる必要がなかった。さまざまなパフォーマンスがそれぞれに僕の胸を強く打った。

せっかくなので、何人か気になるパフォーマンスをした方をピックアップして簡単に紹介しよう。

前里慎太郎

MCバトルの大会である戦極第一章に出場し、その大会のベストバウトとしてDOTAMAとのバトルが公式にYouTubeに上がっているため名前を知っていた。詩のイベントなのに観客とコールアンドレスポンスをやったり、詩(ラップ?)のなかで2pac(米国で90年代に活躍したヒップホップMC)という固有名詞を使ってしまったので、「中略、2pacとは…」って解説を入れたりといったハチャメチャさが会場の笑いを誘っていた。点数は伸びたが初戦で敗退。

大島健夫

前年世界大会へ行った、2015年ポエトリースラムジャパンのチャンピオン。あまり点数は伸びなかったが、彼の準決勝パフォーマンスはとても印象的だった。5階建てのマンションのなかを毎日走り回って遊ぶ女の子。女の子が通り過ぎた扉の向こうの部屋に住んでいる人について「XXX号室に住む男は、昔集めたアダルトビデオのテープをぐるぐる巻き取ることにハマっている…」みたいなのを101号室から503号室まで、女の子が走っていくスピード感と同期しながら読み上げてく。文章などで情景を描写するとき、その褒め言葉として「その情景がありありと浮かぶ」とかいうのがよくあるように思うが、すべてのパフォーマンスのなかで、詩を聴いて情景がはっきりと思い浮かんだのはこれだった。「画」になる詩だった

ジョーダン・スミス

カナダから来たという彼は、日本語と英語、ときには中国語も使いわけてパフォーマンスをする。日本語で韻を踏むときの「日本語で韻を踏むって面白いでしょ」感があって、外国人が日本語で韻を踏むと、日本人が日本語で韻を踏むのとは別のニュアンスが生まれるなと思った。イントネーションを「いかにも外国人が日本語を話してる感じ」にしてるのも、意図的なのか無意識なのか分からないが絶妙だった。唐突に英語を使うので、その部分はおそらく理解している人としていない人がいて、本当に人によって捉え方が違うパフォーマンスだったけれども、「最強の言葉遊び」という感じがした。この人は決勝で負けたけど、結果的に会場票で決勝大会に行くことになった。

向坂くじら

長いロングの黒髪を黄色いリボンで留めてポニーテールにしていた。女性出場者である。感情を込めた時の体の動きや声のトーンが渡辺麻友に似ていた。彼女もまわりの評判を聞く限りでは優勝候補だったようだが、準決勝で敗退。準決勝では手話を取り入れたパフォーマンスを行っていて、これがとてもおもしろかった。40秒程度の詩を3回読み、一回目は手話で、詩は断片的にしか読まない。二回目は手話もやるのだが、詩は全部読みながらパフォーマンスする。三回目は手話の動きだけ。一回目からの二回目で、あ、こういう風に意味を説明してくれているんだ、という構造を理解すると、二回目からの三回目で感じ取るものが全然違う、というのがとても面白かった。また、言われてみれば「手話」というのも確かに一つの言語伝達手段であるが、それを用いたパフォーマンスを行ったことには新鮮な驚きがあった。それで、会場票を入れる際僕は大島健夫と迷ってこの人に入れたが、結果は先のとおりで、上がれず。

蛇口

緊張からか、手がガチガチに震えていた。その震えを隠すように一度カンペを下において、地面に顔を近づけて朗読していたのだが、読みにくいのか結局また手に持って朗読を始めた。内容はどちらかというとシュールな笑いを含んだ詩で、時々吹き出しそうになる。なのに緊張が伝わってしまうからか、会場は盛り上がりに欠けていたのだが、最後に手の震えに合わせて小刻みにゆれる紙を眺めながら「なんだこの会場、風が強いな」と言って終わった。これが非常に印象的で、点数は結構伸びた。どこまでが即興でどこまでが用意していたネタなのか読みきれないところがあるけど、最後のオチをどうするかで、パフォーマンスって評価が様変わりするなあ、と感じた。身体表現と言語表現の合わせ技でオチをつけたという意味では、まさにこの大会らしいパフォーマンスだった

そして閉幕へ


最後に主催者の挨拶で、ポエトリースラムジャパンを開催するきっかけになった出来事について話があった。主宰者がフランス渡航の際にした体験だという。

主催者は昔からとあるフランスのバンドが大好きだったという。そして、なぜだか幸運に恵まれすぎて、そのバンドのメンバーと実際にメシまで一緒に食える関係になってしまった。

あるとき、ツアーに同行し、そのバンドのメンバーたちとメシを食いながら、「あんなだった俺が、ずっと聴いていたバンドのメンバーといまここでメシを食えているなんてすごい!」みたいな感動を拙いフランス語でメンバーたちに伝えようとしていた。

そのとき彼は「je suis la!!!(私はここにいる)」と叫んだそうなのだが、それがそのバンドのメンバーにはすごく面白かったようで、ずっとメンバーとその主催者で「je suis la!」「tu es la!(あなたはここにいる)」って言い合って楽しくご飯を食べたのだという。

私はここにいる。あなたはここにいる。それ自体がすごい奇跡なんだということ。今日みんなはここにいる。集まってくれてありがとう。…という内容だった。

こういうスピーチにそのまま乗っかって感動するのも嫌なのだが、正直感動してしまった。なにもできなかったかもしれないけど、今僕は確かにここにいるみんなと同じ時制を共有し、同じ空気を吸っている

ここにいてよかったと思ったし、僕がここにいることを承認されたような気がした。

「ポエム」と言ったら「痛い」というイメージがみんなの中にもあるかもしれない。しかし、実際に参加してみると、そんな痛々しさみたいなものを感じることもなく、むしろ感動の方が大きい。

帰り際、「今ここにいる彼らはみんな『ポエマー」であり、そして、自分もそこに片足を突っ込んでしまったんだ・・・』というのがなんだか妙に面白くなってきてしまった。

「何やってたんだ俺…。『20代・フリーター・自称詩人』になってしまったぞ…。こんなはずじゃ…」とも思ったりもしたけれど、新しい世界を覗き見ることができて、最後には純粋な喜びが残った。

ポエトリースラム、面白い!

終わって後日、司会の方にツイートされたのはマジでうれしかったです。

MC内郷丸の「ほんと何もできません」
MC内郷丸の「ほんと何もできません」
MC内郷丸の「ほんと何もできません」
MC内郷丸がラップをつくったり、考えたことを書いたりします。...