現代の日本人にかけている精神的な健康とは?と問われれば、「アイデンティティー」と答える。日本人は元来、礼儀正しく精神的且つフェアであり伝統や道徳を重んじ自己への厳しさを美学としている。

そんなガッチガチやってられないが国際人としての身嗜みではある。

そこで第一に取り組まなければならないのが「健康」。 健康は健康でもそんじょそこらの健康ではない「運命を強化する健康」。

公言してしまうが命以外で空気の次にだいじなのは「運」、御免!。

上に立つ人間であれば「人の上に立つ健康」と言うのもある。健康は崩れることもあればケガや病気に負けることもある。健康は流れを変える。

だから「健康を強化」することは責務。

「健康の強化」は「運の強化」、「運」で生き死にが決まることもある。何の世界でも抜群の知名度や際立った人は善し悪しは別としてそれなりの努力と「運」を持っている。

しかし「運」は変動するためダイエットやボ ディメイクばかりに囚われるのではなく先ずは「運を強化する」その一点に尽きる。

大酒飲みで百まで生きる人もあれば、喫煙したことすらないのに肺ガンで亡くなる方もいる。

ついているようで地獄の入り口だったり、ついていないようで実は幸運へ向かっていたり「強運」は想定不能。

「自分は運がいい」と思い続けるだけでも運は良くなるが強化しておいた方が安全だ。

やみくもに鍛えて「見かけはナイスな糞ハート」という訳 にもいかない、年齢やハンディキャップに拘わらず心魂を絞り出す作業が強化には要る。

例えば、戦国武将や天下人たちの「運」に対する念いや執念は半端ではない。

徹底的な鍛錬もさることながら、常に、天の心に適う、天に好まれる生き方を心掛けた。

城を焼き払い、敵を斬りまくっておきながら天に好まれるもへったくれもないだろうと思うが、大義のためには手段を厭わず天下をとる「一心」と「仁」とが共存していたからこそ武士道バイブルへと成就できたのかもしれない。

強化って疲れるじゃん!その通り。

腰が重ければ、自身が目指し目標にしている人物などとの勝負を想定しても善い。既存や風潮に擦り寄りまたは便乗し手っ取り早く光り輝こうとする己の卑しさを恥じ「気位」を持ち「独自の勝利」を得るまで勝負する。

健康や精神は相手が何 様であろうがブッちぎることができる。健康や精神は油断しやすい、そこが狙い目、下剋上!そう考えながらせっせと己を鍛える作業はなかなか意義がある。

中には努力が報われない人もいる。

そして「報われぬ」を苦 に何もかもが停止してしまう。そういうのを病弱と言う。「やりつづけていれば必ずチャンスは来る」そう思える逞しさが健康の第一歩。

「人生は言葉で哲学化される。言葉は人生を左右する。」と先人の文言にあるように、意識や思考も哲学化され人生を左右する。健康や運も意識や思考の中にある。

具体的にそれを鍛えるための方法論は?と問われれば、「ただひたすら鍛える」しかない。

自分で自分を超えられないあと一歩を超える作業が「鍛える」ということ。健全なる精神に健康体は宿り!そして運は強化される!

そう信じて励むしかない。

何も無理して鍛えることはないが早いに越したことはないのが「気づき」と「鍛錬」。イザという時の備えとして普段から自身を鍛えておけば便利だ。

とは言え、現代は礼儀や協調性など無くても独りで十分に生きて行ける。目的以外の人との繋がりなども一切不要。携帯もあればパソコンもあり、サムライで云えばほぼ全員が刀を持った状態、その刀を正しく腰に差し、抜き納めできるのか、城に住むのか、傘張り浪人で生きるのか、ありとあらゆる選択ができる。

引き籠りたければ勝手に籠って一生涯をおくることもできる。

ただ、何処に居ようと誰であろうと「運と健康」というテーマは常に纏わりついてくる。

病気や事件事故、自然災害の危険がありうる暮らしの中で病魔と闘ったり、事件事故を回避したり、災害から逃げたりしなければならないこともあれば、人の言葉や安全マニュアルに従い死ぬこともある。

そういう時でも常に「運と健康」は主のケツを持ってくれる。生死の狭間で自分を信じる強さのためにも鍛えておいて損はない。たかが人間されど人間「天がケツ持ち」「天が味方」そうあれば「どんな大物も大軍も倒すことができる」

それが戦国時代の武将や天下人の意識と思考。

現代日本人よ!ここは一発「一億総天下人」の意識と思考で己を活かすのもありかもし れない。

健康も宗教!信じる者が救われる。

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