言葉の魅力

自分が知らない言葉に出会い、その言葉を吸収すると、自分が広い世界に一歩近づいたような感覚になる。

高校生の頃、英語の授業でエスキモーの生活に関する文章を扱ったことがある。そこで出会った単語は実に衝撃的だった。一度も見たことがなく、意味の推測もできない単語。調べてみると、その単語は(「雪」そのものではなく)「雪の状態」を表す単語であり、そもそも日本人である我々にはその概念すら存在しないものだということが分かった。

言葉はカオスな世界を秩序づけ、言葉のおかげで世界を認識することができる。エスキモーの例からもわかるように、世界の見え方はどのような言葉を持っているかによって変わってくるのだ。だからこそ、多くの言葉に出会うことは、自分が知らない世界を探求することと同義だ。

『言葉を使いこなして人生を変える』の著者であるはあちゅう氏は、同書の「はじめに」で次のように述べている。

言葉というのは、伝えたいことを伝えるための道具にすぎないはずなのに、しばしば私は言葉自体の美しさに心を奪われて、いてもたってもいられなくなる。慣れ親しんだ言葉が新しい組み合わせによって輝くときや、言葉によって今までの人生に登場しなかった新しい概念に出会うとき、その奇跡を連れてきた言葉に感謝して、感情がわき立つ。同じ言葉でも、使う人とシュチュエーションによってその意味がまったく変わってくる様は魔法のようだと思う。

本書は、家族、恋人、旅の思い出、日常生活の気づきなど、素朴で親しみのあるエピソードを通じて、新たな言葉や感情に出会って欲しいというコンセプトで書かれた作品だ。

本書は「人生を変える」という啓発的なタイトルではあるが、そういった類の本にありがちな成功のノウハウが述べられているわけではなく、はあちゅうという人間が持つ等身大の表現で、言葉に魅せられた体験が描かれた書籍だ。はあちゅう氏自身が言葉に魅せられ、新たな世界を獲得していく様子を追体験でき、純粋に読書を楽しむこともできる一冊となっている。

一つ一つのエッセイは見開き12ページ程。71編ものエッセイたちが、普段は触れられない心の奥底をすっとかすめていく。

何かを買うたびに「高いなぁ」と言う父親とよく分からないところで泣く母親への思いを綴った「よく泣く大人たちのこと」や、旅先のカセット売りのおじさんをつい心配してしまう「歌詞からつながる記憶」といったエピソードは、自分の体験とも重なる部分があり、忘れかけていた感情が呼び起こされた。

ちなみに私のお気に入りは、アマゾンの原住民「イゾラド」に対する衝撃を綴った「言葉がない場所には感情は存在しない」と、恋愛の醍醐味とも言えるドキドキ感のネクストステージについて綴った「ドキドキを失ってえた感情」だ。読み進めるにつれて今までに想像したこともなかった世界が眼前に拡がっていき、溢れ出る興奮を抑えることができなかった。(気になる方は是非本書を手にとって欲しい。)

また、本書にははあちゅう氏の人間性に接近できるようなエピソードも多くある。

脇役

はあちゅう氏は「クリスマスまでに彼氏をつくる」「タダで世界一周する」などの企画を行い、女子大生ブロガーとして有名になり、今ではテレビや雑誌などのメディアにも出演するなど、言ってしまえば、光が当たっている側の人間である。メディアでは辛口な発言もされていることから、気が強いというイメージを持つ人もいるかもしれない。

しかし、自身では”陰”の要素が強く、脇役であると感じることが多いようだ。


本書では、

私は嫉妬で忙しい。作家を名乗り、よりよい執筆者を目指してはいるけれど、嫉妬の対象は別に書く人だけではなく、世の中の売れている人、注目されている人、才能のある人、もうすべてに嫉妬していて、ツイッターを見ているだけでも、世の中が嫉妬の対象だらけでつらくなる。

という文から始まる「上しか見ない」や、香港の高級ディナーで隣に座った超美人な女性を見て、現実に戻され何もかも嫌になってしまった「主人公じゃない人生」というエピソードなど、はあちゅう氏のコンプレックスに対する意識や繊細さが垣間見られる話が多数掲載されている。

人一倍コンプレックスを意識し、センシティブだからこそ、小さな悩みに気づくことができる。また、それを上手く言語化することでイメージがしやすくなり、共感を呼ぶのだろう。

主役

脇役である自分を意識してしまい、ネガティブな感情を持つ自分を見つめながらも、幸せに生きていくために主役である自分を忘れないのがはあちゅう氏だ。

自身がもがき苦しみながら作家としての道を歩む姿が読み取れる最終章、第6章「書くということ」の中の「人生を変えてくれる人」の一節を引用したい。

神様みたいな誰かが、ある日突然やってきて、人生を変えてくれるなんてことはまずない。尊敬している作家さんに、「作家になりたい人にどんなアドバイスをしていますか?」ってバカみたいなことを聞いたことがあるのだけど、そのとき返ってきた言葉は、「毎日書くこと」だ。本当にそれは当たり前のことで、私以外の誰も書くことを代わってなんてくれない。だって作家になりたいのは私だから。

人生を変えることができるのは自分なのである。はあちゅう氏が自分自身に訴えているようにも取れるこのエッセイは、「自分は脇役なのではないか」と悩む人の背中をゆっくりと、それでいて確実に押してくれる。この章からは絶望の狭間に少しでも希望を見出しなんとか前に進もうとする、生きる強さが感じ取れる。

社会に出ると「幸せってなんだろうか」と考える間もないような日々を過ごすことも多い。時には、仕事や人間関係に疲弊し、誰とも会いたくなくなったり、死にたくなることもあるかもしれない。

そんな時に是非本書を手にとって欲しい。心が疲れてしまった時、本棚からそっと取り出して読み返してみると、不思議と忘れかけていた様々な感情が呼び起こされ、「もうちょっと頑張ってみようかな」と前を向かせてくれるだろう。

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自分の夢にむかって毎日楽しく頑張る小さな野心家であるメンバーと手帳・インスタグラム・サロンを 横断しながら交流することを目的にしてい...