大学受験の経験者であれば、『ポレポレ英文読解プロセス50』という参考書を目にしたことがある人も多いのではないだろうか。著者・西きょうじは、代々木ゼミナールや東進ハイスクールといった大手予備校講師を三十年に渡って務め、教え子の数は延べ二十万人を超えるという英語科の講師だ。

特に難関大学の志望者に定評があり、単語や文法の成り立ちに着目した英文読解術が好評を博している西きょうじだが、彼が読み解くのは英文だけではない。いま西きょうじは、私たちが暮らすこの社会の姿を読み解こうとしている。

その試みとエッセンスのつまった一冊が先月刊行された。それが今回紹介する『そもそも つながりに気付くと未来が見える』だ。

この本では、社会の動きを西きょうじが独自に提唱する「そもそも思考」という手法を用いて読み解いていく。「そもそも思考」とは、「いま、ここ」の問題を遠くから見直してみる、という物事の考え方だ。“遠く”というのは、時間的であったり、空間的であったりもする。

例えば「子育て」といったトピックに対して西きょうじは「そもそも、ホモ・サピエンスは、群れで子育てをすることで種を保存してきた」という切り口から語りはじめる。なぜ私たちが群れで子育てをしてきたのかということについて科学的な議論を参照しつつ、

今の日本のように核家族化し夫婦二人で子どもを育てること、さらには母親、あるいは父親だけで子どもを育てるということは進化の歴史の中では極めて最近の現象であり、ホモ・サピエンスとしては無理がある。

核家族での子育てを可能にしてきたのは、高度経済成長期の社会システムだった。(中略)高度経済成長は終わりをつげ、高度経済成長的社会システムは時代に適合しなくなりつつある。(中略)その結果、現在、待機児童の問題、ひとり親家庭の貧困問題、少子化の問題などが噴出している。

と読解を進めていく。

また、ここで西きょうじは「だからと言って『三世代同居』推進といった高度経済成長期以前への回帰を促すことで問題解決しようとする政策は検討外れだ」とも述べており、シングルマザーたちのシェアハウスや老人施設と託児所の合体という取り組みなど、問題解決のために新たな「群れ」構想の必要性を唱えている。

このように、「そもそも思考」とは特定の問題に向きあったとき、問題との距離を大きく取ることで俯瞰的・構造的に事象を捉え、“つながり”の中に対象となる問題をプロットすることで建設的な思考を得るための方法だ。

そのためには、さまざまなをアナロジーを導くための基礎知識も重要であるが、何よりも「昔はどうだったのだろう」「他の国ではどうなのだろう」といった、問いを立て、想像を巡らせることが思考の起点となる。

この点について、西きょうじは作中で「想像力」を「『いま、ここ』以上のものを感じ取る能力」と表現している。問題から離れて考えるということは「いま、ここ」から離れることであり、アカデミズムの文脈でいえばC・ライト・ミルズが提唱して以来人口に膾炙した「社会学的想像力」と同義だろう。

社会学的想像力とは「離脱して考える」ことであり、アンソニー・ギデンズは「社会学の研究者とは、自分の置かれた個人的状況の直接性から自由に離脱して、ものごとをもっと広い脈絡のなかでとらえられる人間である」と述べている。「そもそも思考」とは、複雑・混迷を極める現代をサバイブするために、社会学の視座が有用であることを意味しているとも言える。

あわせて、ギデンズは社会学的想像力を身につけることで「一杯のコーヒーを飲むという明らかに面白くない日常の行為についても楽しむことができる」と述べているが、西きょうじが「そもそも思考」を通じて伝えたいことも共通しているように思える。

西きょうじは「そもそも思考」を繰り返すことで「ものを知ること、ものを考えることの楽しみ」を伝えようとしている。この楽しみのことを彼はレイチェル・カーソンの著作に由来する「SENSE OF WONDER」という言葉を用いて表現する。

オンラインサロン「ポレポレ現代社会読解トーク」の紹介文では、次のようなメッセージが記されている。

SENSE OF WONDER

日常の中に驚きを感じましょう。そこから、思考が始まります。すると、考えること、知ることの喜びを実感することになります。そうして、一緒に、しやなかな知性を育てていきましょう。

日常生活に閉塞感を覚えて、惰性の中で、知性・感性が枯渇していくのは、もったいないですから。どんなことも、よく見てみると、驚きを発見でき、楽しめるものなのです。日々の生活に、考える喜びを!

“そもそも”、西きょうじの英語の講義というのは、この思考法を使って英語という言語に対する理解・親しみを向上させるというものであった。

例えば「put」という単語には「ものを置く」という以外に「言葉にする」「書く」という意味がある。普通ならばこれらの意味を丸暗記するところだが、西きょうじの授業では「putが『ものを置く』という意味を持つのは、そもそもputという言葉が“固定する”という意味を持つからだ」と説明される。物理的に動いているものを“固定する”から「ものを置く」という意味で使われ、頭の中を流れる様々な思いや感情を“固定する”から「言葉にする」、耳に入ってくる情報を“固定する”から「書く」という意味でも用いられる、という具合に。

このような講義によって、英語という言語に対して「SENSE OF WONDER(驚き、考えること・知ることの喜びを知る)」を覚えた生徒たちが、西きょうじの授業のファンとなっていった。

多くの生徒たちを魅了した講義は、いま教室からオンラインサロンへと舞台を変え、現代社会に対する「SENSE OF WONDER」を伝える場となっている。西きょうじは、社会に、あるいは自分自身に対する想像力を高めることで、閉塞感の漂う現代社会を楽しもうとしている。

本書『そもそも つながりに気付くと未来が見える』は、そうした楽しみ方の実例集だ。ぼんやりとした不安を抱えていたり、判で押したような毎日にうんざりしている方は、是非この本を開いてみてほしい。毎日が変わらなくても、見方を変えれば生活は楽しくなる。

大きな視座を持つことで、より自由になるということを体感できる一冊だ。

西きょうじの「ポレポレ現代社会読解トーク」
西きょうじの「ポレポレ現代社会読解トーク」
西きょうじの「ポレポレ現代社会読解トーク」
これまで『越境へ。』『仕事のエッセンス 「はたらく」ことで自由になる』『そもそも~つながりに気づくと未来が見える』など数々の著書に記...