# 不貞行為・・・配偶者のある者が、自由な意思に基づいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと(最高裁判決より)

本国では配偶者に不貞行為のあった場合、離婚の訴えを提起することができる(民法770条)。俗に言う不倫”された側”は”した側”に対して慰謝料の請求などが認められているので、一般的に不倫は「悪いこと」、インターネット上では「叩かれるべきこと」となっている。

「非恋愛時代に、未来はあるのだろうか」をコンセプトとする女性メディア『AM(アム)』編集部による30代未婚女性を対象にしたアンケート調査によると、過去に不倫経験のある女性は回答者の実に約41%。『AM』の読者層が恋愛やセックスに関心の高い女性を中心に構成されることを加味しても、実に多くの女性が過去の不倫経験を告白している。たった1日で500件もの回答が寄せられたことからも関心度の高さがうかがえる。不倫がフィクションや他人事ではないことはもはや自明である。

『家族無計画』では、前半は「日本一炎上しがちな夫』こと家入一真氏に翻弄されつつも、母として家庭を守ってきた著者の半生が綴られ、後半には様々な家族のあり方と、それを受容する考え方が溢れる母性とともに綴られている。離婚を経験し、二児の母でもある著者が、「お母さんだって恋愛していいのだ。」と爽やかに言い放つことの意味は昨今とてつもなく大きい。

そんな彼女のオンラインサロンが先日公開された。AV監督二村ヒトシ、AM編集部の二者を交えて世にはびこる恋とセックスのタブーに切り込む、その名も『誰にも言えない恋とセックスの話をしよう』。今回は書籍のテーマからは少し外れるが、サロンの盛り上がりを期待し、過去に自分がひょんなことから思わぬトラップに嵌ってしまった時の話をしようと思う。

2009年夏、漠然と田舎暮らしに憧れていた僕は、縁あって2週間ほどある離島に住む家族の厄介になっていた。出迎えてくれたのは30代半ばの夫妻と3人の幼い子供。夫婦の離婚は成立していたが、子育ての都合のため長らく同居しているらしかった(この事実は後ほど知った)。一見すると関係は良好で、はたから見れば豊かな田舎暮らしを楽しむ幸せな家庭そのものだった。

滞在中は田植え、草刈り、野菜の種まきなど農作業のほか、山菜や筍、野菜などを収穫し子供達と一緒に料理を作り、週末には近所の神社に能を観に行ったりと、家族とはすぐにうち解け大変充実した日々を送っていた。実際それがきっかけとなり一月後に僕は島内の別の集落に家を借り、一人島に移り住むことになる。

ことが起こったのは僕が島暮らしをはじめてしばらく経った頃。些細なトラブルをきっかけに夫が音信を絶ち、そのまま失踪してしまう。相談を受けた僕は、妻と幼い3人の子供の元に頻繁に通うようになった。はじめは単純に自分の力が人の役に立つという体験が嬉しかったし、それは当時ろくに働きもせず自堕落に暮らしていた僕にとって格好の”社会参加”の場でもあった。

いま振り返れば、夫と全く連絡の取れない状況の中、鬼の居ぬ間に(?)他人の家に頻繁に出入りするのはいろいろな意味で危険だが、何せ中高六年間を男子校で過ごし、20年来まともに家族以外の女性と話したこともない当時童貞街道爆進中だった僕は、そういったことには特段鈍感であったし、自分がひとまわり以上も歳上の、それも3人の子供を持つ母さんの恋愛対象になろうとは夢にも思っていなかったのだ。そう、実際にその告白を受けるまでは。

「あなたの子供を産ませてほしい」

はじめは面食らったが、まんざら悪い気分はしなかった。その頃僕は失踪した夫を含め彼ら家族のことが本当に好きになっており(無論恋愛的な意味ではなく)、そこは自分が心を許せる唯一の空間でもあった。居場所は失いたくないが、かといって僕は彼女の感情を受け流す術も、まともに向き合う覚悟のいずれも持ち合わせておらず、中途半端にこの不思議な関係を継続することになった。

それから彼女は事あるごとに僕を頼るようになる。農作業、犬の散歩、子供のお守り、行楽の運転手など…足かけ40分の道のりを通い、ありとあらゆることをやった。彼女の依存度の高まりに、必死に応えようとした。親元を離れ異郷の地で一人前の大人として社会に受け入れられる方法を探っている最中であり、自分もまた孤独であった。

その上僕は想像力を欠いていた。年端もいかぬ若造が自分に成り代わり、愛する妻・子供達と幸せな家族ごっこに興じている様を目の当たりにした夫がどんな感情を抱くのか。甚だおめでたい話だが、夫が元の鞘に戻ってくるまで、僕が繋ぎになろうと本気で考えていた。しかし、その目論見は秋祭りも終わり、冬も差し迫ったある日の夜。突如かかってきた一本の非通知の電話を皮切りにもろくも崩れ去ることとなる。

電話の主は他でもない元夫からだった。自らの名を告げるドスの効いた声色から、その電話が妻を助けたことへの感謝を伝えるものでないことは明白だった。

「妻はお前のことを好きだと言っている。どう落とし前をつけるのか」
「お前を妻の前で八つ裂きにして自分も死んでやろうと何度思ったか」

・・・

その後いろいろあったが、結局僕は殺されずに済み、今日も楽しく幸せに生きている。当時の自分に何ができたのか、今振り返ってみても正解は見出せずにいる。

翻って『家族無計画』に目を移せば、

「気が向いたら火中の栗を、たまにはあえて拾いに行ってみる。そうやって逃れようのない孤独とうまく折り合いをつけるのって、もしかすると案外健康的で、結果的に割りがいい生き方なのかもしれない。」

「今、自分は嬉しいな、こういうことは嫌だ、寂しいな、というような、常識や立ち場、社会的な正しさとは関係なく湧き上がる素直な気持ちと自分自身がきちんと向き合ってみる。(中略)大人になるって、決して不感症になることじゃないはずだ。」

という著者の母性溢れる言葉が綴られており、多少溜飲の下がる思いがした。紫原さんは、きっとこれからも波乱万丈な人生で私たちをワクワクさせ、自分の感情を素直に肯定した上で他人にやさしくなれる方法を、生きるのが気持ちラクになりちょっぴり刺激的な日々をおくるためのヒントを、母のようにやさしく、また太陽のように晴れやかな言葉で綴っていってくれるに違いない。

【3か月限定】誰にも言えない恋とセックスの話をしよう
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