「肩書き捨てたら地獄だった」。著者の宇佐美典也氏は都内の名門中高一貫校を卒業後、東京大学経済学部を経て経済産業省の官僚となった。絵に描いたようなエリート街道をひた走ってきた人物である。しかし、本書はそういったエリートの成功譚を綴ったものではない。

冒頭には「ここに書かれていることは、一般論ではなく、実際に地の底を這いずり回った私の体験に基づくもの」とあるが、本書はザ・エリートであった宇佐美典也氏が三十代前半という若さで官僚という職を離れ、「肩書き」を捨てたあとに待っていた「地獄」を詳細に記したドキュメンタリー作品でもある。

もちろん、本書にはその「地獄」をどのように脱していくべきかといったノウハウも記されている。また、第三章以降では、濱口桂一郎『若者と労働』などを引用し、戦後日本の雇用システムがどのように変化していったかを論じることで、宇佐美典也氏がたどり着いた「生き方」と社会システムとの整合性が主張される箇所もあるが、基本的には氏の自伝的側面が強い書籍といって良いだろう。

東日本大震災を目の当たりにした宇佐美典也氏は「人生何があるか分からない。一度しかない人生だし、自分の思いに準じて生きるべき」と独立を決意する。その背景には、組織に頼らず自分というブランドで食べていく人に対する「コンプレックス」があったという。しかし氏は、独立の背景には「コンプレックス」のほかに「驕り」があったことも認めている。それは端的に言えば「いままで勉強も仕事も頑張ってきたし、普通の人よりは優秀なのだから、独立してもきっとやっていける」というものだ。「コンプレックス」と「驕り」という一見相対するものが表裏一体であったことを象徴するエピソードだ。

これは本書に2ページ程度でさらっと書かれている話なのだが、宇佐美典也氏は退職前から独立に向け友人と起業計画を練っていた。そこでいくつかのスポンサーを見つけるのだが、そのスポンサーから与えられた条件が「会社で一年間プログラマーとして修業を積む」というものであった。しかし、氏はこれに対し、その時点での実力・ブランドでどこまで生き延びられるか勝負してみたかったという理由で、起業計画から抜けてしまう。

宇佐美典也氏にとってこの計画がどれだけリアリティのあるものだったのかはわからないが、せっかくの機会を、会社に所属することに対する「コンプレックス」ゆえにあっさりと棒に振ってしまうところには「もっと理想的な働き方があるはずだし、それに自分はたどり着けるはず」という「驕り」が垣間見える。そして氏は実際、このあと仕事をしてお金を稼ぐ手段を見つけられず、「地獄」へ堕ちていくのである。

気づけば仕事がなくなり、仲間たちからも見放され、貯金も底をついた「地獄」の真っ只中にいた。しかし宇佐美典也氏は、そんな折に部屋にいたゴキブリを見て、その生命力の高さに感動し、決意を新たにする。「いままでの自分はどこかで格好つけていた。プライドを捨ててもっと頑張ろう」と。

この頃から、官僚時代から書いていたブログをきっかけに少しずつ仕事が舞い込んでくるようになり、宇佐美典也氏は読み手に「一緒に仕事をしたい」と思わせるような「セルフブランディング」を意識したコンテンツを発信しはじめる。フリーエージェントとして、自分というブランドで食べていく道筋が見えてきたのだ。

宇佐美典也氏はゴキブリを見て「驕り」を捨て、働き方を変えた。氏は決して本書の中で「コンプレックス」と「驕り」が表裏一体であるということを明言しているわけではないが、実際に氏が「驕り」を捨てたあと、自分というブランドで食べていく人に対する「コンプレックス」も解消していっている。

「おわりに」で宇佐美典也氏はこのように語る。

 自由という言葉には「好きなことをやれる」「何にもしばられない」といった甘美なイメージがついてまわります。私自身もそうしたイメージを持っていました。

 しかし現実には、何に対しても責任を持たなくてよい反面、当然ですが、誰も自分を守ることに責任を持たない自由が与えられました。その自由とともに私に待っていたのは、孤独で貧乏で惨めで、社会から疎外された生活でした。

 そう。肩書きを捨て、その先に待っていたのは、「自由の楽園」ではなく「自由の地獄」だったのです。

 ドン底の状況から脱するために、自由を切り売りし、縁を作り、プロジェクトを起こし、少しずつ他人との関係で制約を作っていくことで、ようやく私は社会に復帰しつつあります。自由を求めた先で、私は自ら拘束を求めるようになりました。(p.200)

私は引用させて頂いた箇所がとても好きだ。エリートだからといって、驕りがあったことを変に隠そうともせず、また、自分の過去の失敗もさらけ出している。皆さんの中にも、どこかで今の生き方に「コンプレックス」がありながら、その裏には「自分ならもっとやれる」という「驕り」が隠れている・・・という人は多いのではないだろうか。少なくとも、私は間違いなくその一人だった。また、その「驕り」ともうまく向き合うことなく漠然と生きているという人は、一般的に「優秀」と言われる人ほど多いのではないだろうか。本書はそんな方にこそ読んでいただきたい一冊である。

宇佐美典也とおときた駿の「あえて政治の話をしよう」
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