はじめに

2017年1月28日(土)「西田亮介の新書、文庫、雑誌で始めるリベラルアーツゼミ」の第7回「オフ会」が開催されました。

前半はオンライン上で参加者から要望のあったテーマである「夫婦別姓訴訟」について議論し、後半では「マックス・ウェーバーの世界に触れる」というテーマで輪読会を行う濃厚な90分のゼミ。

今回のレポートでは、前半の「夫婦別姓訴訟」に関する議論の様子をお伝えしていきます。

おさらい 夫婦別姓訴訟について

本格的な議論に入る前に、まずはこちらをご覧ください。

民法750条
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

夫婦別姓訴訟とは、上記の民法750条に定められた規定が「憲法に違反している」という訴えに対して、最高裁が出した判決をめぐる問題のことです。

ところで、憲法とは国家の基本原理を定めた根本規範であると言われ、日本国憲法の前文には下記のような記述があります。

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

つまり、民法と言えども日本国憲法に定められた原理に反するものであれば、排除されてしかるべきなのです。

では、本訴訟では民法750条が日本国憲法のどこに反したものであると主張されていたのでしょうか。具体的に見ていきましょう。

(読者のみなさんも、民法750条が下記の内容に反するかどうかを考えながらじっくりと読んでみてください!)

憲法13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

憲法14条 1項
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

憲法24条 1項
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

 

憲法24条 2項
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

…いかがでしたか?

「民法750条は違憲である」と訴えた人々は「婚姻の結果として、女性が姓を改めることになる事例が多い」という事実を指摘した上で、現代は民法が制定された時代とは異なり、女性が結婚後も仕事を続けるなど、婚姻前から送っている社会生活を継続するケースも増えているため「夫婦別姓を認めないことで女性の社会生活に支障を来している」と主張しました。

確かに、婚姻の際に女性が姓を改めることで、社会生活に支障を来しているのであれば、「すべて国民は、個人として尊重される」「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して」という憲法条文に違反しているようにも思えます。

しかし、ご存知の方も多いように、こうした訴えに対して最高裁は【民法750条は憲法に違反しない】という判断を示しました。

最高裁は判断の理由として、結婚後に夫の姓を名乗っているケースは多いものの(結婚後に夫の姓を名乗るケースは96.1%)それは民法750条ゆえではなく、あくまで夫婦個々で決めたもの。従って民法750条は違憲とはいえない、としています。

さて、この判例について「西田亮介の新書、文庫、雑誌で始めるリベラルアーツゼミ」の参加者たちはどのような意見・感想を持ったのでしょうか。

オフ会で語られたこと、その一幕

参加者の多くは、最高裁の判決に対して「論理的には正しい」という見解でした。論理的に正しいというのは「結婚後に夫の姓を名乗るという結果は、民法750条が原因ではない」という因果律を支持するということです。つまり、結婚後に夫の姓を名乗ることによって発生する女性の不利益も、民法750条のせいではないという理屈です。

一方で、参加者の誰もが「姓が変わることによる不利益の発生」については認めており、選択的夫婦別姓の導入については肯定的でした。

こうして整理してみると分かるように、最高裁は民法750条が違憲であるか否かを判断したまでであり、夫婦別姓の是非について判断したわけではありません。

選択的夫婦別姓を望む人々には、民法750条は違憲であるという判決を期待し、それを足がかりにして制度の導入を推し進めるという狙いがありました。しかし、違憲ではないという判決が出たからといって、夫婦別姓を制度化するという狙いが潰えたわけではないのです。

それを受けて、オフ会では「最高裁の判決を待つのではなく、政治主導で民法750条を改定することによって夫婦別姓制度をつくる方がはるかに早いのではないか」という意見が上がりました。

こうした意見に対して、西田亮介さんも

「女性の再婚に関する禁止期間についても、政治家が国会の場で議題に掲げたために世論が巻き起こり、立法機関内で扱われることで一気に議論が進んだ。結果的に民法が改定され、離婚後半年間は再婚ができないという制度が離婚後100日間に短縮された。こうした“政治的インシデント”(象徴的な出来事)があると制度は変更されやすい。」

と説明しました。

また、参加者のひとりは、もう一度司法機関で夫婦別姓を審議にかける場合でも、違った切り口があると切り出しました。

「現在夫婦で別の姓を名乗ることを希望する者は、事実婚を選択するしかない事情があるため、法律婚と事実婚における差別を論点にすれば新たな糸口になるのではないか。」

法律婚と事実婚における差別とは、婚姻届を提出せずに結婚生活を送る場合(これを事実婚といいます)、法律婚と同様の法的保護を受けることができない問題を指しています。事実婚の夫婦間に生まれた子どもは婚外子(非嫡出子)となりますが、現在の日本において非嫡出子は戸籍上「非嫡出子であること」が明確に分かる印が記される。このような戸籍上の表記を指して「差別的である」とする意見などがあります。

しかし法律婚と事実婚における差別問題については「なかなか最高裁までは上がらないだろう」と言う参加者もいました。

「戦後から70数年経って、最高裁による法令の違憲判決はこれまでに10件だけ。本当によほど現実離れしている法令以外、手を出さないというのが司法の伝統的なスタンスだ。」

こうした発言には多くの参加者が頷き、最高裁から民法750条の違憲判決を引き出すことを選択的夫婦別姓制度の足がかりにするのは困難である…という見解で話が進みます。

ここで改めて、司法からのアプローチが難しいのであれば立法からのアプローチを…という話の流れになります。しかし、それについて西田亮介さんは「政治家にとって民法750条の改定を取り扱うメリットがない」という点を指摘します。

特に保守派の多い与党・自民党から改定の流れが生まれることは期待できず、野党内にも現在ではこうした流れを生む強い力が期待できないと説明。また「現行の制度からどうやって新しい制度に移行するかという橋渡しをつくれるかどうかかが問われる」とも語りました。

「あらゆる制度の変更について言えることですが。移行そのものをシステムとして構築することが難しい。例えば、ベーシック・インカム。ベーシック・インカムの是非もさることながら、実際に導入を考えたとき、これまで税金を払ってきた人が損をせずにベーシック・インカムに移行するシステムをつくれるかどうかが鍵となります。世帯単位の課税から個々人の課税への移行も同様です。旧制度でメリットを得ていた人々を守りつつ、新制度を導入するシステムを構築しなければ、制度の変更は実現できない。」

制度を変えること自体に手間とコストが発生することに加え、現行制度に投資してきた人たちや最適化した人たちは必ずしも制度変更に合意しないため、それらに対する調整や交渉といったコストも発生する。西田亮介さんはこれを“移行コスト”と表現しました。西田亮介さんの発言により、制度の是非が語られていた場が、制度を切り換えるさいの手法や配慮を考える場へと変化していきました。まさに、参加者たちの物事を考える視点が一つ増えた瞬間でした。

濃密な思考を味わう90分間

さまざまな参加者の発言を拾いながら、議論の勘所を巧みに示していく西田亮介さんのゼミ。今回レポートした内容は、90分間のオフ会のうちの前半40分でしかありません。冒頭に紹介したように、後半戦は「読書会」。サロン名にもある通り「新書、文庫、雑誌」といった図書を題材に、またしてもさまざまな視点からものごとを捉えていく時間が生まれます。

こうした濃密な90分間を通じて「リベラルアーツ」を養うというのがこのサロンの目的。オンラインサロンの紹介ページにおいて、西田亮介さんはリベラルアーツについて次のように記しています。

リベラルアーツとは、もともと自由技芸7科に由来します。当時、哲学に加えて、文法、表現、論理学、代数学、幾何学、天文、音楽の7つの科目を習得することで、「(奴隷ではない)自由な人」になることを目指したのです。

ここでの「奴隷」あるいは「自由」とは、決して肉体的な制約に関するものではありません。ものごとを多角的に捉え、思考することで、奴隷から脱して自由な人を目指すということを意味しています。

みなさんは、日常生活のなかで、生きづらさや不自由さを感じることはあるでしょうか。もしあるとしたら、リベラルアーツはその窮屈感を払拭する手助けとなるかもしれません。

ぜひ「西田ゼミ」こと「西田亮介の新書、文庫、雑誌で始めるリベラルアーツゼミ」の扉を叩いてみてください。

西田亮介の新書、文庫、雑誌で始めるリベラルアーツゼミ@Synapse
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