クリスマスイブを粉砕する平野勝之ファンの情熱と渇望

日付が変わって12月24日、時刻は0時過ぎ。クリスマスイブが始まったばかりの深夜、僕は四谷アウトブレイクというライブハウスにいた。ある2本の映画をオールナイトで見るためだ。

ここでは今日、映画監督・平野勝之が手がけた2本の作品、『UNDERCOVER JAPAN』(以下、『UJ』)と『白 THE WHITE』(以下、『白』)が、平野監督自身とAV監督・カンパニー松尾のコメンタリー付きで上映される。題して「深夜のWHITEクリスマス」というイベントに参加してきたのだ。

IMG_9496続々と会場に集うファンたち。

クリスマスイブを挟んで3連休となるのは実に5年ぶりだという。その2016年・聖なる3連休の初日と中日をつなぐ心踊る夜に、2本の映画を見ようと、大勢の男女が四谷アウトブレイクに集った。

この日はライブハウスでの上映ということもあり、座席の快適さや音響面から考えても映画を観る上で最適な環境というわけではないのかもしれない。しかし、観るのが平野映画であるならばライブハウスというのはこの上ない環境だ。独特の地下っぽさ、妖しげな雰囲気。どれも最高だ。

観客たちは上映開始前から期待に胸を膨らませていた。

上映が始まると、フラットなフロアでは、少しでもスクリーンを視界におさめようと、観客はスキマを求めて、首をのばし、頭を左に右に動かしはじめる。我慢できずに立ち上がってしまう人もいれば、微動だにせず必死の形相で映画に喰らいつく人もいる。

平野勝之の映画を自らの目に焼きつけたいという、彼らの情熱と渇望が伝わってくる。

クリスマスイブの深夜に平野勝之作品を観るためライブハウスに集まった人々の情熱と渇望から、キラキラと浮足立った”外界”のクリスマスを粉砕するかのような熱量が感じられた。

彼らをこんなにも熱狂させる平野勝之の映画とは一体どんな作品なのだろうか。

平野勝之の編集の妙 『UNDERCOVER JAPAN』の場合

1本目は『UJ』。元々はAVとして発売された作品だが、今回は平野監督が劇場用として編集し直したバージョンが上映された。

2003年のクリスマスから2004年元旦にかけて、沖縄にて真喜屋力、東京にてカンパニー松尾、北海道にて平野勝之が、それぞれひとりきりで撮影を行う。

冬とは思えない暖かい沖縄の青い海を一応撮っておきながら、結局思い出の映画館で”だらだらゆんたく”(沖縄の方言でおしゃべりの意味)する真喜屋。イルミネーションきらびやかな東京を中心にさまざまな素人女性と危険なハメ撮りをキメていく松尾。そして平野は、日本の最北限・礼文(レブン)島は須古頓(スコトン)岬でクリスマスを過ごし、日本最北端・宗谷岬で元旦を迎えようとカメラを構える。その移動手段は自転車だ。猛吹雪の北海道を、平野はひとり自転車で走る。

IMG_9501映画に観入っている観客と平野勝之(左)、カンパニー松尾(右)

沖縄の真喜屋は徹底的に「のほほん」としていて、松尾はカメラで東京(周辺)の女たちを次々と切り取りながら、その画に己の感傷を擦りつけていく。それらに対して平野の撮る北海道は殺伐として容赦がない。つけ入るスキがないのだ。自然の脅威をナマで撮ろうとする平野の手つきはとてもストイックだ。

そして何より、カンパニー松尾も「平野さんの編集はやばい」と太鼓判を押す平野の編集技巧は、映画版『UJ』でも炸裂していた。平野は、三者三様の手で映し出される日本の姿を見事に編集し、一本の映画に仕上げていた。

暴風雪にひしゃげるテントから、からくも脱出する平野に肝を冷やしたかと思えば、ピンク映画を流す古びた映画館で館主とゆる~く雑談する真喜屋が映る。そして旦那の留守中に家にお邪魔して人妻とハメ撮りしたあと、公園の子供たちをカメラに収めてしまう松尾の狂気にこちらも思わず浸ってしまう。

そんな彼らの撮った年の瀬の断片はそれぞれなんの脈絡もないはずだが、平野の手によって連結されると、まるでジェットコースターのように興奮と安堵、そして感傷がつぎつぎと流れていく1本の映画となる。

鑑賞後、僕はただただ『日本ってほんとうに広いんだなあ』とわかったようなわからないようなことをぽつりと呟いてしまった。この島国の端っこと端っこ、そしてど真ん中の年末年始を同時に見ることで、この国のダイナミズムの一端に触れてしまった気がした。

一つ言えるのは、『UJ』という作品は、今日という日にあえてクリスマスの喧騒から離れて見るのにうってつけの作品だったということだ。

暴風雪吹き荒れるクリスマスのライブハウス

休憩を挟んで2本目は『白』。ベルリン国際映画祭に出品された本作もまた、平野が真冬にひとりで静岡から日本最北限・礼文島まで自転車で走破するという「無謀な挑戦」を描いた作品だ。

しかし、平野勝之の妻・ハニーはそれをいきなりナレーションで否定する。

「私は無謀だとは思わない。彼は万全の準備をしているのだから」

そうなのだ。平野の一見無謀な自撮りひとり旅は、入念な準備のうえに成り立っている。この日のコメンタリーでも平野は、出発前にできるだけたくさんの冒険書を読んだことや、寒さに身体を慣らしていくために静岡から出発したことなどを語っていた。

そんなこといちいち友人知人には言わないから、彼らは平野監督の冒険撮影を「無謀」だと評する。彼の慎重さを知っているのは平野ハニーだけ、というのがなんとも泣けるではないか。

IMG_9558自転車走行中は尻だけでなく腕にも体重を分散させるため、尻を痛めることはなく腕には筋肉がつくという。

とはいえ、どんなに用意周到でも北海道の真冬が過酷であることに変わりはない。映画がラストに向かうに連れて、平野の置かれた状況と精神状態に同期させられた僕は不安状態に陥った。

極限の寒さと疲労、そして孤独によって、平野は突然の奇声や無意味な笑い声を上げるようになる。そして、そんな状況でも自身の一挙手一投足をいちいちきちんとカメラに収めている平野の、監督としての意地に気づいた僕は戦慄した。

『白』のキャッチコピーは「これは冒険の映画ではない。映画の冒険である」だ。どこまで撮(録)ることができるのか。日本の最北限で、平野勝之は映画の限界にチャレンジしていたのだ。

『白』公開時、某カルチャー誌は本作のラスト10分間を「ノイズミュージック」として評価したという。暴風吹き荒れる真っ白な大地に1本の轍を刻んでいく平野勝之が捉えたのは北海道の殺伐とした風景と、そこに吹き荒れる暴風の音だった。

この最強の環境音が奏でたノイズミュージックを、ライブハウスのスピーカーで全身に浴びられたことは、この日のハイライトと言ってもいい。

先に言ったように、この日の上映は平野勝之とカンパニー松尾による「コメンタリー上映」だったが、自身の映画に見入ってしまう平野と、平野作品に心底惚れこんでいる松尾は、観客といっしょになって黙り込みスクリーンに釘付けになる時間が多かった。

そんなふたりの姿から、彼らが持つ映画への冷めることのない情熱がひしひしと伝わってきた。

IMG_9540平野監督の愛車ハイジ。今年6月で20年の付き合いになるとか。

終映後、平野監督の「上げちゃってください」の一声でスクリーンが上がる。

スクリーン裏のステージ上には、平野が映画のなかで実際に乗っていた愛車・ハイジ(アルプス・ローバー)が鎮座していた。我々がスクリーンを眺めているあいだ、その背後にハイジが隠れていたとは、なんとも憎い演出だ。

イベント終了後は、おのおの自転車・ハイジや平野の友人たちが寄せ書きした地図に見入っていたり、平野に直接熱い感想や応援の言葉を述べたりしていた。

ストイックな映画を撮る平野だが、ファンと話すときの表情は常ににこやかで、受け答えも真摯だ。

『白』を観ればわかるように、平野はあっというまに初対面の犬を手なづけてしまうのだが、彼がファンと話しているのを見ていると、犬たちが彼になつく気持ちも、なんとなくわかる気がする。

階段を上がって地上に出ると、もう朝5時を過ぎているというのにクリスマスイブの東京の朝はまだ真っ暗で、目の前には嘘みたいに静かな新宿通りが広がっていた。それでも僕の耳には北海道の吹雪の爆音がこびりついていて、晴れて僕らのクリスマスイブは、荒涼とした爆音に吹き飛ばされていったのだった。

IMG_9547平野監督の盟友たちからの寄せ書き。「帰ってきたらえっちしようね ゆみか」とあるが、書き手である林由美香は、無事帰ってきてもさせてくれなかったそう。

平野勝之倶楽部
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こんにちは、平野勝之です。これまで映画監督として約34年カメラを回し続けてきました。「監督失格」「青春100キロ」などのおかげで様々...